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浣腸好き主婦のよもやま話

少女時代、母からお浣腸をいただいて育ちました。成人してからも、その妖しい感覚は、私をとらえて離しません。体内にお薬が流れ込んでくる瞬間、えもいわれぬ恍惚感に包まれていく私。この感覚をご理解いただける方と、お浣腸の思い出、密かな愉しみについて語り合う場にしたいと思います。誰にも言えなかった、内に秘めてきた想いを、ありのまま打ち明けることができれば…もう一人の自分を、ここで解放してあげたいと思います。

2014年11月の記事

お母さんが足をあげて…

喜代人さんから、昔の婦人誌に掲載されていたお浣腸のイラストをお送りいただきましたので、ご紹介させていただきます。
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この付録本は妊娠・出産を主に掲載していて、巻頭ページにて育児での救急手当・看護法を載せています。
お母さんにあんよを持ち上げられてイチジク浣腸をされる赤ちゃん。登志子さんもお浣腸されるときお母様に足を持ち上げていただいていたそうですね。
登志子さんもこの絵と同じような光景で浣腸していただいていたのではないでしょうか。
私自身が幼少期に浣腸されていたときは、下半身を脱いだ状態で布団の上に仰向けに寝て、両膝を立てて少し広げた姿勢でした。
そして母が肛門を開き、先端にオリーブ油をたっぷり塗ったネラトン氏管を挿入して浣腸しました。
その状態で肛門をちり紙で圧迫され、我慢できなくなったら琺瑯製の差し込み便器をお尻の下にあてがわれて排泄しました。
琺瑯は冷たいものですが、母がお湯で温めてくれていたので不快ではありませんでした。
排泄は始終母に見られ、悪いものが混じっていないか観察されました。
病気の時は往診の際に医者が見るので蓋をしてそのまま廊下に捨てずに置かれていました。
小学校を卒業する前に激しい腹痛に見舞われたときは、そのときは診療所にかかり浣腸されましたが、排泄した
便の中に白くうごめく回虫が三匹も出てきてびっくりしました。排便とはやはり人の究極の羞恥心でいて不潔なものですが、自分の看護のためにその不潔なものに対して真剣に献身的に浣腸してくれる母や保健の先生や周りの大人たちの愛情を子供心に思いだします。

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昭和30年代の雑誌から

ブログ読者の方から貴重な資料をいただきましたので、ご紹介させていただきます。

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昔の婦人雑誌には、浣腸の記述が多く、またそれを紹介する絵も多く挿入されていました。
挿絵は乳幼児のかかりやすい病気から、ひきつけの手当を紹介したページです。
「ひきつけを起すとお母さんはおろおろしてしまいますが、
落ち着いて体のほうは暖かくして水枕をさせ、体温を計って『イチジク浣腸』を使って浣腸をして医師の来診を待ちます。」
との記述です。
この本以前からも同様の記述が多いのですが、ひきつけた時には浣腸をして腸内のものを早く排出させるのが
当時の考え方だったそうです。
舌をかまないようにスプーンや綿を巻きつけた割り箸をかませるともありますが、現在ではこの応急手当は間違っています。
ただ当時は浣腸は応急手当の万能薬として、どこの家庭にも常備されているものでした。
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お浣腸が、日常の中に入り込んでいた時代の空気が、素朴な絵を通して伝わってきます。

気になる商品を見つけました

アダルトグッズのネット販売店を、あれこれ検索。ふと、目にとまったのがこの商品です。



どこかで、見たような形。そう、ブロとものryu様が、主様からお浣腸をいただいた時に使われていたものと、おそらく同じものです。その瞬間、目がくぎづけになって、ryu様のブログを見返しました。
ああ、欲しい!
とにかく、プラスチック製で扱いやすそうだったので、購入することにいたしました。というより、気がつけば、ぽちっと購入ボタンを押していました。

保健室って…

なんか、どきどきしませんでしたか?
小学生の頃、登志子はおなかいたのお薬をもらいに行っただけなのに、頭の中はいろんな妄想で…
私、いつもはおすましさんだったけど、心の中では保健の先生に「としこちゃん、うんち出てなかったんでしょ?先生がお浣腸してあげるから、ベッドに寝なさい」って、言って欲しかった。優しいんだけど、なにも言えなくなるような毅然とした口調で。

それから何年か経って、中学2年の修学旅行中のこと。同級生の子が便秘になって、旅館で保健の先生にお浣腸してもらった話を聞きました。
友だちと一緒に「最悪ねー」なんて言ってたけど、本当はすごく羨ましかった。
(^-^;