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浣腸好き主婦のよもやま話

少女時代、母からお浣腸をいただいて育ちました。成人してからも、その妖しい感覚は、私をとらえて離しません。体内にお薬が流れ込んでくる瞬間、えもいわれぬ恍惚感に包まれていく私。この感覚をご理解いただける方と、お浣腸の思い出、密かな愉しみについて語り合う場にしたいと思います。誰にも言えなかった、内に秘めてきた想いを、ありのまま打ち明けることができれば…もう一人の自分を、ここで解放してあげたいと思います。

過去ログ

自分でポーズの意味 その2

でも、中学生になってしばらくしたら、自分でポーズを取ることが、とっても恥ずかしく思えるようになりました。
ひとり遊びを、おぼえたからです。 私のひとり遊びは、いつしかお尻を触ることを含むようになっていきました。そして、気がつけばお尻を触ることなしでは、強い快感が得られない身体になっていたのです。
そんな私にとって、もはや母の前とはいえ、お浣腸のポーズを取ることが恥ずかしくないわけはありません。
いつもと同じように、平静を装ってお尻を出す私。でも内心は、密かな気持ちの高まりが母に悟られないか、どきどきです。不覚にも興奮の証を外に漏らしてしまうことがないように、努めて子供っぽく、小学生の頃と同じようにふるまっていました。
でも、母はそれが演技だったことに、きっと気づいていたに違いありません。

自分でポーズの意味

小学校高学年になると、自分でお浣腸を受ける姿勢を取るようになりました。膝の裏側で、手を組み合わせてお尻を高くする姿勢です。初めて、母に言われる前にこの姿勢を取った時「いい子ね」って、優しく言われたのを覚えています。
私は、それが嬉しくて、それからというもの、言われる前にこの姿勢を取るようになっていきました。その頃から、母とお浣腸について話すようになっていったと思います。ただ受けるだけのお浣腸から、母との共同作業としてのお浣腸に。
「今日は、そんなに我慢できないかもしれない」「お腹がはって苦しいから、ゆっくり入れて」など、それまで黙って受けていたお浣腸から、少しずつ変化していきました。小学生の頃は、まだ、そんなふうに自分でポーズを取ることについて、恥ずかしいと感じることは少なかったと思います。お浣腸自体は、小さい頃から続けてきたことだし。
「あ、今日のお薬冷たいよ」とか「その角度は痛いよ」みたいなことも、淡々と話していました。

お浣腸が似合う女優さん

私は、いつも一人称で楽しんでいるので、お浣腸ストーリーのヒロインは自分自身です。
でも時々、テレビを見ながら「この人にお浣腸すると、どうなるんだろう」って考えることがあります。といっても、最近はお浣腸が似合いそうな女優さん、タレントさんは、ほとんどいませんけど。

私がお浣腸が似合うって思えるのは、目鼻立ちのはっきりした華やかな印象の方ではありません。どちらかというと一重瞼で、どこか翳りをかんじさせる女性です。たとえば、 多部未華子さんのような雰囲気のある方ですね。また、三田寛子さんも、そういう雰囲気があるかもしれません。
翳りとか、じっとこらえる顔が似合う女性。最近、ほとんど見かけなくなりましたね。

これからお風呂で

下の茂みが伸びてきたので、また、つるつるに剃り上げてきます。
お湯の中でのんびりくつろいで、しばらくしたら、一つ残っているコトブキさんを使います。

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ほんとうに気持ちよかった!
母にされるのかと思っていたのですが、眼をつぶると表れてきたのは、同世代の美しい看護婦さんでした。
「登志子さん、お浣腸をします。お尻を出して、膝をかかえてくれますか?」
機械的な言葉に、うなずいて従うしかありませんでした。